最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)558号 判決 1975年2月25日
上告人
北一産業株式会社
右代表者
馬場栄一
右訴訟代理人
鈴木七郎
被上告人
小田切隆治
右訴訟代理人
三上祐啓
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
右部分につき本件を仙台高等裁判所秋田支部に差し戻す。
理由
上告代理人鈴木七郎の上告理由第一点について。
原審は、被上告人は上告人に穀用かますを単価六五円で売却することを約したうえ昭和三九年一月二五日かます一二万八一〇〇枚を引き渡したが、上告人が被上告人に対して有する硫酸銅売掛残債権を自働債権とする相殺により、被上告人が上告人に対して有するかます売掛代金債権は三一三万四〇一四円であるとし、被上告人の本訴請求を右金員及びこれに対する昭和三九年四月二六日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容したものであつて、受領したかますには瑕疵があつたから昭和三九年二月二七日書面により民法五七〇条に基く五七六万四五〇〇円の損害賠償の請求をしかつ右請求権を自働債権として相殺をしたとの上告人の主張につき、右請求および相殺をしたとは認められないとして、右主張を排斥している。
ところで、乙第五号証は、「精算通知書並びに差額督促書」と題し、上告会社青森出張所長から被上告人にあてた昭和三九年二月二七日付同日差出にかかる内容証明郵便であつて、その内容は、要するに、受領したかますには欠陥があることを具体的に指摘したうえ、したがつて、穀用かますとしての商品価値が認められず、一枚当り二〇円、数量一二万八一〇〇枚、この代金二五六万二〇〇〇円としての減価採用で「精算」させていただくというにあることが明らかであり、同号証が真正に成立したものであることは原審が適法に確定しているところであるから、特別の事情がないかぎり上告人は被上告人に対し右書面どおりの表示行為をしたものと認定するのが、相当である。
そこで、右表示の意味内容を検討すると、右書面は代金減額を請求する趣旨が明確に表示されているわけではないし、また、目的物に瑕疵があることを理由としては当然には代金減額の請求をすることができるものでもないのであるから、右書面による表示を代金減額の請求とみることが表示者の意図した目的に合致するものとはいいがたい。もとより、右書面には、上告人が代金減額の請求だけをし損害賠償の請求はしない趣旨が表示されているわけではない。むしろ、右書面においては、「精算」という文言が用いられ、受領物の瑕疵が具体的に指摘され、結論として約定代金額より少額の代金債務額を負うにすぎないことが具体的に主張されているのであつて、右の表示が代金額を知悉している売買当事者間でされたものであることと考え合わせて右書面の内容を解釈すれば、受領物には瑕疵があつたから、上告人は約定代金債務額から瑕疵相当の損害額を差引清算した残額についてのみ支払義務を負うべき趣旨のものと解するのが、相当である。そして、このようにみることができる以上、右の表示によつて自働債権と受働債権の特定がされており、かつ、その相対立する債権を対当額で消滅させたいという効果意思をうかがうことができるから、特別の事情がないかぎり、上告人は右の表示により受領物の瑕疵に基く損害賠償の請求をするとともに該請求権による相殺をしたものというべきである。
したがつて、原審がなんら首肯するに足る理由を示すことなく乙第五号証によつても損害賠償の請求及び相殺をしたものとは認められないとしたのは、理由不備の違法があることに帰する。それゆえ、その余の上告理由について判断を示すまでもなく原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れず、なお、審理を尽くさせるため右部分につき本件を原審に差し戻すのが、相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(高辻正己 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄)
上告代理人鈴木七郎の上告理由
第一点 原判決には、意思表示ないし法律行為の解釈を誤つた違法がある。
(一) 上告人は、被上告人に対して、昭和三九年二月二七日に、「精算通知書並びに差額督促書」(乙第五号書)と題する書面をもつて次のように瑕疵の通知並びに瑕疵による損害賠償の請求および相殺の意思表示をした。
「昭和三九年一月一三日付当方註文書を以つて、貴殿へ註文致した穀用叺一七万枚に対し、貴殿より一月二五日現在で、一二万八、一〇〇枚の納入を受けたるも、わら工品の日本農林規格の規格重量に満たざるもの四割、口開き、仕立て方、縫い針数が規格に外れるもの六割強、梱包内容がミシン縫いのもの、当てなわのもの、経材料の異なるもの等の不揃いが大半で当方、貴殿へ発註した穀用叺といちじるしく異なり穀用叺としての商品価値が認められず、一枚当り金二〇円也、数量一二万八、一〇〇枚、この品代金二五六万二、〇〇〇円也の減価採用で精算させて載きます……」。と、
(二) しかるに、原判決は、右の事実(乙第五号証)からは上告人が被上告人に対し、本件叺売買の瑕疵担保責任としての損害賠償の請求および右損害額と本件叺の売買代金とを対当額で相殺した意思表示を含むとは認められないと解釈している。しかし、意思表示ないし法律行為の解釈は、表示行為の有する客観的な意味を明らかにすることである故に、表示行為を組成する言語等の曖昧または不完全なものを明瞭、完全にし、且つ非法律的なものを法律的に構成し、よつて当事者の達しようとする経済的または社会目的に法的助力を与えることのできる基礎を作ることが、その任務と言うべきである。しかもその解釈にあたつては、誠実信義の原則または条理に従つて解釈すべきである。これを本件についてみれば、上告人の右表示行為(乙第五号証)の内容には、本件叺売買の売主の瑕疵担保責任追求としての損害賠償の請求および相殺の意思表示としては曖昧、非法律的な言語も存在するが、右表示行為の内容を、上告人・被上告人間の本件叺売買契約の内容をふまえて条理にもとづいて合理的に解釈すれば「上告人が被上告人から納入を受けた本件叺一二万八、一〇〇には瑕疵があつた。その為に上告人は金五、七六四、五〇〇円の損害を蒙つた。そこで上告人は右損害賠償の請求をする、と同時に、右損害賠償債権をもつて本件叺一二万八、一〇〇枚の売買代金八、三二六、五〇〇円と対当額において相殺します。従つて被上告人に支払う本件叺の売買代金は相殺後の金二、五六二、〇〇〇円となります」という意思表示である、上告人の意思表示(乙第五号証)のなかに、「一枚当り金二〇円也、数量一二万八、一〇〇枚、この品代金二五六万二、〇〇〇円也の減価採用で精算させて載きます」という表現は、右のことを意味するものである、条理に従い、上告人の意思表示(乙第五号証)を右のように解釈したからといつて、本件叺の売買で瑕疵ある物品を納入した被上告人が上告人に対し、売主としての担保責任を負うべきは当然であるし、又、反対に被上告人に対し、本件叺の売買代金支払債務を負う上告人が右債権債務を対当額において相殺するということも普通行われていることであるから法的安定性を害することもなく、むしろ本件叺売買の具体的妥当性をはかることになると言うべきである。この点、原判決は意思表示ないし法律行為の解釈を誤つた違法なものというべく、破棄されるべきである。
第二点 原判決は、上告人が被上告人に対して負う本件叺の売買代金と上告人が被上告人に対して有する右売買の売主の瑕疵担保責任としての損害賠償請求債権とを対当額において相殺した上告人の昭和四四年七月七日の意思表示は、法定の一年の除斥期間経過後になされたものであるから効果が生じないとしている。しかし、これは売主の担保責任に関する条項及び民法第五〇八条の解釈を誤つたものであり違法である。
(一) 第一に、売主の瑕疵担保責任期間の制限は、短期消滅時効と解すべきであり、本件の場合、当然、民法第五〇八条の適用があるにもかかわらず原判決は右期間の制限を除斥期間と解し、民法第五〇八条を適用せず、一年の期間経過後になされた相殺の意思表示であるから効力が生じないとしている。しかし原判決のように売主の瑕疵担保責任期間の制限を売主と買主の公平を害してまで除斥期間と解さねばならない合理的理由はない。売買において、売主が瑕疵ある物品を納入しても、買主が一年以内に売主に対し瑕疵にもとづく損害賠償の請求をしなければ売主の担保責任は消滅し買主の損害だけが残り、しかも相殺することもできない。しかるに買主の売買代金債務はその後も全額残る、というのは双務契約上の当事者の地位の公平をはなはだしく害するものと言うべきである。(但し、次段で述べるように除斥期間経過後になされた相殺の意思表示にも民法第五〇八条の適用ないし、類推適用ありと解すれば、その不公平は除かれる)。であるとすれば、売主の瑕疵担保責任期間の制限を除斥期間と解することに問題があるのではないか、むしろ右期間の制限を短期消滅時効と解すべきではないのか、そう解釈すれば民法第五〇八条の適用があり売買という双務契約上の当事者の公平をはかることができるのである。
右の点、原判決は売主の担保責任に関する法条の解釈を誤つている。
(二) 第二に、仮りに売主の瑕疵担保責任期間の制限が除斥期間であるとしても、右期間経過後になされた相殺の意思表示にも民法第五〇八条の適用ないし、類推適用ありと解すべきである。即ち、民法第五〇八条の立法の趣旨が「対立する両債権の当事者は、両債権が相殺適状に達したとき、別段の意思表示がなくても当然に精算され決済がなされたものと考えるのが普通であるから、このような当事者の信頼を保護し公平をはかる必要があることに求められる」、ものであるから、売主の瑕疵担保責任期間の制限が除斥期間であるということだけの理由で、右のような当事者間の信頼が保護に値いせず、不公平にとり扱われてもよい、ということはない。特に対立する両債権が売買という双務契約上から発生した本件の場合はなおさらである。従つて本件の場合、即ち、上告人の被上告人に対して有する損害賠償請求債権と上告人が被上告人に負担する売買代金との相殺は、除斥期間経過後も民法第五〇八条を適用ないし類推適用して、許されると解すべきである。
しかるに原判決が、上告人の相殺の意思表示が除斥期間経過後になされたものであるから相殺の意思表示は効果がないとしたのは民法第五〇八条の解釈を誤つたものである。
第三点 原判決は、上告人の被上告人に対する損害賠償請求の意思表示が除斥期間経過後になされたものであるから上告人の引換給付の主張は理由がないとしているが、これは民法第五七一条及び同第五三三条の解釈を誤つたものである。
(一) 売主の瑕疵担保責任期間の制限の法的性質については、第二点で述べた通りであるから、これを援用する。
(二) 同時履行の抗弁権は、公平の原則から認められたものである。従つて両債務が一箇の法律要件から生じ、関連的に履行させることが公平に適する場合には広くその適用を認めるべきであり、且つ、右抗弁権は、永久に消滅しないと解すること、公平である。
これを本件についてみれば、上告人は、被上告人に対し、本件叺一二八、一〇〇枚の売買代金八、三二六、五〇〇円の債務を負い、反対に被上告人に対し上告人は、本件叺の売買により蒙つた損害賠償額金五、七六四、五〇〇円の債権を有するものである。
被上告人が右の買売代金の支払を上告人に対して請求する限り、上告人は右売買と履行上の牽連関係にある損害賠償請求債権を抗弁として引換給付の判決を求めることは右抗弁権の行使が債権の消滅時効又は除斥期間経過後になされたものであつても効力を有するものと言うべきである。右のように同時履行の抗弁権の行使を認めたからと言つて、他の法律関係に悪影響を与えたり、不公平をきたすものではなく、かえつて、双務契約の履行上の牽連関係にある当事者間の公平が保たれ、同時履行の抗弁権の立法の趣旨に合致するものと言うべきである。
しかるに原判決が右と異る見解に立つたのは同法条の解釈を誤つたものであり、原判決は破棄さるべきである。